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ヴァルター・フォン・クリンゲン


今回はルドルフ1世に関連して、その側近ヴァルター・フォン・クリンゲンさんについてです。

「この人知ってるー?」とtwitterで聞かれたら全然知らなかったので、調べてみました。
意訳ありですが、ルドルフの記事より遥かに訳しやすかったです。
今回はウィキペディアではなく、『Allgemeine Deutsche Biographie』という本から。
ウィキペディアでも面白い情報があったら追加しておきます。

しかし後半がミンネゼンガーとしてのヴァルターさんがフルボッコで笑えるw
ちなみにシュタインマルさんとの関連は元記事の単語がイミフだったので、シュタインマルさんの記事から類推して書きました。そこんところお気を付け下さい。


例によって誤訳の可能性アリ!



ヴァルター・フォン・クリンゲン(1240年クリンゲナウで誕生―1284年3月バーゼルで歿)はミンネゼンガーである。
この詩人は最も古く、名の知られた、トゥールガウの貴族の家に生まれた。
一族には、かつて聖ヴィボラド(Wiborad)の親類に属する者がいた。

1250もしくは1251年、ヴァルターは父の遺産を二人の兄弟と分け、それ以来彼の地の歴史において重要な位置を占めた。
彼の名前は幾度も史料の中に見られ、重大な出来事においては、仲裁人としての彼と、初めからずっとルドルフ1世の傍らで、忠実に積極的な支援をし続けているその姿を見出せるだろう。

彼はその寛大さから、取り分け教会と修道院へ金を寄付をし、息子には遺産を残していなかった。それだけに彼は己の財産を無頓着に管理していた可能性があった。
例えばバーゼル近くのクリンゲンタール修道院は彼の寄進によって建てられたものだ。

1284年にヴァルターは亡くなった。

彼の歌(叙事詩?)は、特に賞賛には値しない。
これらはヴァルターが良き手本となる人々(ゴットフリート・フォン・ネイフェンやコンラート・フォン・ヴュルツブルクら)と知り合いだったにも関わらず、彼らに張り合う能力が欠けていた事を示していた。
彼は扱い難い下手な詩を捻りだそうとしていたが、熟練さ、なかんずく独創性に欠けていた。すなわち「彼は大きな聖歌隊の中の一つの歌声に過ぎなかった」のだ。

他の場所よりも故郷において、この吟遊詩人は一般的で人々に好かれていた。
史料でヴァルターは、文学においてこのように知られた名前に出くわす事が余りない事を、証明している。

ベルトルト・シュタインマル・フォン・クリンゲンは彼のミニステリアーレである。

以上!

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