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フランシスコ会修道士によるフリードリヒ2世の記述


フランシスコ会の修道士によって記述されたフリードリヒ2世の話。
「好奇心」もしくは「乱行」の例として挙げられたもののようです。

随時追加できたらしていきます。
現在ごくごく短い二つのエピソードのみ。


フォーダム大学の「Internet History Sourcebooks Project」のページに英訳がおいてあります。

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ハインリヒ温和公


アルブレヒト賢公の双子の兄弟・ハインリヒ温和公についての記事!
Allgemeine Deutsche Biographieというドイツ伝記事典の記事を訳してみました。
冒頭部分が未完成なのですが、そっちは経歴なので、先にミュールドルフの戦い関連の部分だけ挙げておきます。

8/17:一部追加・完成しました。

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インノケンティウス3世と医学

予告通り、『ローマ教皇検死録』に載っていた医学関連の話。

この本は基本的に現代目線で書いてあるので、当時の社会背景に対しての理解は薄い印象。
インノケンティウスが書いた、(現代からすると)偏見入った「人間は汚いものから生まれる」といった趣旨の文に対しても、著者は「この人にお母さんっていたの?って思える。インケンってマジ邪悪な魂の申し子じゃないかって疑うわー(超意訳)」とか書いていて盛大に吹き出したりしました(笑
(インケンには「人間って悲惨」「俗世ってちょっとね……」みたいな思考が根底にあったようなので、人が生まれる、という事に対してマイナスイメージを持っている可能性は多大にあります。)
余談ですが、この本では聖職者の独身制をインケンが推し進めた理由を、「その人が生まれる事に対するマイナスイメージが行きついた先」で片付けてしまっているのですが、まあ実際は聖職者が堕落して、教会の威信が傾きかけた状況があって、イメージアップしなきゃといった理由もあると思うので、それだけを理由にしてしまうのは何か違うなと思ったり。
まあ、本の趣旨から離れてしまうので、ね……。

あと一つ気になったのはインケンが、法医解剖を「教皇として」初めて許可した人だと言う事。法医解剖は元々行われてきたそうですが、許可を出した教皇はケン様が初めて!
実際に彼が死因を究明しなさいねって指示を出していた逸話も載っていたので、フリードリヒ2世の解剖の話と合わせて非常に興味深かったです。

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インノケンティウス3世の死について

今日はケン様ことインノケンティウス3世の命日なので、少しその死にまつわるお話をしようと思います。

インノケンティウス3世は1216年7月16日にペルージャで亡くなりました。彼はペルージャの大聖堂に埋葬されていましたが1891年、彼を模範とするレオ13世によってサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂に移されました。
彼の死因は正直言って良く分かりません^^;;
ジュリアン・グリーンの『アッシジの聖フランチェスコ』(以下『聖フランチェスコ』)には脳血栓で亡くなったという記述がありますが、小長谷正明著『ローマ教皇検死録』にはマラリア、もしくは熱病のページであげられていました(断定はされていないので微妙な線?)

彼が死んだ時の様子を、アッカの司教に叙階されたばかりのジャック・ド・ヴィトリが記しています(私はこの人の書いた文献を探しているのですが、悲しい事に未だに見つかりません;▽;)
とにかく暑い日の事だったようで、その所為で事もあろうに教皇様の棺を守る人は誰もいませんでした。
翌日、聖職者たちがその棺に近づくと、暑さの余りに腐乱して悪臭を放つインノケンティウスの遺体があり、きらびやかな冠や笏、装束は盗賊によって全て剥ぎ取られてしまっていたそうです。
キアーラ・フルゴーニの『アッシジのフランチェスコ』にはフランチェスコがその場に居合わせてインノケンティウスの無残な遺体を見たとあるのですが(『聖フランチェスコ』から判断するに、13世紀イギリスのフランチェスコ会士、エクレストンのトマスさんが主張しているとの事)、信憑性の程はわかりません。
それはありそうにない事だとする、ジュリアン・グリーンいわく『(フランチェスコがペルージャにいたなら)恩人である人の遺体を、必ず夜通し見守ったに違いない』と。
正直個人的には私もフランチェスコさんにケン様の遺体を見守っていて欲しかったです。見守っていて欲しかったです!


今日の記事はここまで!
明日か明後日には『ローマ教皇検死録』にあった気になる話について書ければと思います。

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ヴァルター・フォン・クリンゲン


今回はルドルフ1世に関連して、その側近ヴァルター・フォン・クリンゲンさんについてです。

「この人知ってるー?」とtwitterで聞かれたら全然知らなかったので、調べてみました。
意訳ありですが、ルドルフの記事より遥かに訳しやすかったです。
今回はウィキペディアではなく、『Allgemeine Deutsche Biographie』という本から。
ウィキペディアでも面白い情報があったら追加しておきます。

しかし後半がミンネゼンガーとしてのヴァルターさんがフルボッコで笑えるw
ちなみにシュタインマルさんとの関連は元記事の単語がイミフだったので、シュタインマルさんの記事から類推して書きました。そこんところお気を付け下さい。


例によって誤訳の可能性アリ!


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